
諸事情により100円玉がたくさん必要になった。
それらを入れる「小銭入れ」があると良いなとなり、机の引き出しの中をゴソゴソしてたら、ちょうど良いポーチをサルベージ。
これ、ベトナムで買ったやつだ。
てか、ベトナムでよく買う「ばらまき土産」だ。
安いところで買えば1つ1ドルしないくらい。
大量に買って、会社のみんなに配ったこともある。
にしても、なぜここに……と小物入れの中を確認すると、100円玉が1枚と、紙切れが入っていた。
そしてその紙切れには、祖父の名前と住所と電話番号が書かれていた。
──ハッ! これは……!
昨年亡くなった祖父。
晩年は少し記憶力に不安が募るところがあった。
しかし私によく似て、落ち着きがない性格。
常に何かしらやってるし、せわしく動き回る。
放っておいたらどこかに行っちゃう。
ところが記憶力が怪しいのだから帰って来れなくなる可能性もある。
方向音痴の私がよく陥る「迷子」な状態になる確率、極めて高め。
とはいえ仮に警察に保護されても、自分の住所などを言えないかもしれない。
自分の名前すら忘れているかもしれない。
なので家族が、じーちゃんの使う小銭入れに、祖父の名前・羽鳥留男や、家の住所や電話番号が書かれた名札のようなものを入れていた。
100円は、たぶん、リアルに使い残しの100円だろう。
つまるところ、100円玉を入れる小銭入れを探していたら、祖父が愛用していた小銭入れ (しかも100円付き)が出てきたのだ。
ベトナムにはもう20年以上もの間、何十回も行っているので、この小銭入れが、いつごろ祖父にプレゼントしたものなのかは覚えていない。
ただ、普段からあまり祖父にはお土産を買うことがなかったこともあり、いつぞやか、「たまにはじーちゃんにもお土産を渡そう」と、ばらまき用にたくさん購入しておいた安いポーチをプレゼントしたことは覚えている。
じーちゃんは、その時、とても喜んでいた。
「ちょうどいい! 小銭入れるのに、こんくらいのが欲しかったんだァ」と、即登板することを匂わせていた。
結果、じーちゃんは、その時から死ぬ時まで、大切にこの小銭入れを使い続けてくれた。
ばらまき土産で買ったものなのに、大切に、大切に、記憶が危うくなったとしても、肌身離さず、「最後の砦」みたいな紙切れを入れてまで使い続けてくれた。
それはまるで宝物のように。
祖父が亡くなり、形見分けとして、その小銭入れは私の元へ返ってきた。
そして机引き出しの中でしばらく眠り、やがて私に「ちょうどいい!」と発見され、小銭入れとして再登板されることになった。
この紙切れは、仮に入れたままにしておくと、万が一の時に私が「羽鳥留男」になってしまうので、別の場所に大切に保管するとして、小銭入れ自体は、お守りがてら使うことにする。
ものすごいご利益がありそうな、守護神的な小銭入れ。
ばらまき土産として買ったポーチは、めぐりめぐってかけがえのない「宝物」になっていた。
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