
きのう書いたサプリのブログと似たようなことだが、このところ「固定概念」とも言える「習慣」が、ガラリとくつがえることが多い。
今朝、「ハッ」としたのはカボチャの煮物を作っているとき。
これは本当に「私がバカだから」で済まされる話かもしれないのだが、今朝、調理器具を変えたのだ。
──いつもは小鍋 (片手鍋)で作っていた。
しかし、 一番小さいサイズでもある「一番安いカボチャ」を入れても、ギュウギュウ、もしくは入らないことが多かった。
そのたびに、さらに細かく切ったりして、テトリスのように押し込んでいた。
でも今朝、ハッとした。
小鍋である必要はあるのか? と。
もっと径の大きい「小フライパン」を使えばよくね? と。
だって煮汁も100mlしか使わない。
フタはアルミホイルでの落とし蓋。
深さは必要としていない。
むしろ必要なのは、全てのカボチャが煮汁に浸る「適度な広さ」。
なのに、私はこれまで、一貫して小鍋を使い続けていた。
それはなぜか?
おそらくたぶん「煮物」だからであると思う。
煮物だから鍋。
そういう固定概念。
しかし狭くて入らず苦労した。
なのに根本を変えようとしなかった。
思考停止していたのだ。



かくしてカボチャの煮物はうまく作れた。
ホクホクに煮えたカボチャたちも、みんな、「適度に広くてキモチいい〜」と喜んでいる気がする。
たぶんこれ、いつもよりおいしい。
46歳にして気づいてよかった。
なんだか「こうしなければならない」「こうするべき」「これが普通」「いままでこうしてたから」みたいな、見えないガードに囲まれて生きてきた気がする。
でも今は「変えないと」となっている。
もちろん、「続けること」も大切だけど、小さなことからでもいいから、少しでも違和感を感じたら、すぐに変えないと、と思うようになった。
考えないと、と。
頭を使って、考えないと。
サプリをはじめ、変えたこともある。
公言してないだけで、なにげに多々ある。
さらに大きく変えようとしていることもある。
そんなことしてたら、自然と見えてきた。
固定概念の向こう側、新しい世界が見えてきた。
「なんか違くね?」という自分の声が聞こえてきた。
「狭いよう」というカボチャの声も聞こえてきた。
変えないと。
変わり続けないと。
