
文章を、文字を、マンガを、イラストを描いて書いて編集までして四半世紀。
私くらいのキャリアや経験のある人たちは、文章だけでその人となりを見抜く。
いや、見抜ける人と見抜けない人がいるかもだけど、プロフェッショナルなハートを持った同業者たちなら間違いなく見抜ける。
文章や絵って、皆さんが想像している以上に我々は細部まで感じ取っている。
心の迷い、うそ、虚像、押しの強さ、ひかえめさ、やさしさ、いじわるさ、丁寧さ、がさつさ、テキトーさ、ウラオモテ……書いてない行間まで読み取り、全てを見通す。
文章って、ほんと、その人そのまんまが出る。
記事だけでなくメールとかでも同じ。
ニオうくらいに、バリッバリに出てる。
良くも悪くも。
その点で見ると、何も感じない文章がある。
心のこもってない文書。
何の感情もなく書いた文字列。
つまりは、単なる情報。
意味は通じるし、人間っぽくはあるけれど、まったく「心」を感じない。
生成AIの文章がまさにそれ。
でも今は、そんな心の無いAI文書に慣れようと、人類は無意識的に「心の無い世界」へと進んでいる。
ものすごく身近になり、だんだん慣れ始めている。
つまり、もうすでに「心の無い時代」に入っている。
今世の中が荒んでいるのは、「心がない」に慣れてしまい、心を失った人たちが増えたからでは。
カネや数字やデータばかり見て、心を見ようとしていないから。
手前ばかり見て本質を見ようとしていないから。
そんな気がする。
人類は愚かだ。
文明が発達すればするほど、愚かになっていってしまっていると私は感じる。
技術は進んでいるかもしれないが、心の面では退化している。
でも逆に、だからこそ、人間にしか作れない心のあるものが深く響くようになるのではないかとも思う。
私はわりとそれが得意だ。
だから危機感のある中でも、これは飛躍できるチャンスだとも思っている。
私は手前を見ない。奥を見る。
今を生きるけど、見るのは未来。
日々挑戦、日々勉強、全身全霊、切磋琢磨。
今年は去年の2倍、3倍はがんばる。
勝負今年だとも思っている。
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