前回、「チャーハンは念の入りやすい料理」と書いた。
だが、場合によっては念どころか「命」すら感じることもある。
10年くらい前。
会社の近くに、ものすごく狭い中華屋さんがあった。
平たく言えば、「新宿2丁目の飲屋街のド真ん中」に、その店はあった。
席はカウンターのみ。
6人ほど座ったら満席。
そんな小さなお店は、おじいさんの大将と、その娘さんらしき女性の2人で切り盛りしていた。
猫背の大将が作るチャーハンは絶品だった。
大将の人生が隠し味、みたいなチャーハンだった。
だが大将、チャーハンを作ると「ふ〜」と一休みするほど疲弊する。
鍋振りは、相当に体力勝負なようだ。
それでも我々は、やはりチャーハンを頼んでしまう。
大将には悪いなぁ……と思いつつ、やはりチャーハンが1番人気。
なぜなら単純にウマイからだ。
ところが。
ある日を境に、店が休みがちになってしまった。
どうも大将の体調が良くないらしい。
しばらく休んだ。
かなり長い間。
もう終わったかも……と思っていたある日!
突如、お店が復活したのだ!
きっと私を含めた大将ファンたちは狂喜乱舞したに違いない。
だが、お店に行き、いつものようにチャーハンを注文すると……
全身全霊。
背中から湯気のようなオーラが見えるほどに。
全ての力を使って大将は鍋を振っていた。
そんな姿を見て、私を含む常連たちは、きっと同じことを思っていたはず。
大将は、最後の仕事をするために、命をかけて復活してきたのだと。
これが最後の大将チャーハンになるかもと。
チャーハン後の休憩も、前より長い。
だが大将は、エイヤと気合いを入れ、またガス台の前に立つ。
仕事のしすぎ、鍋の振りすぎのせいなのか、大将の腰は45度以上曲がっている。
普通なら無理だろ、という鍋振り。
どうしよう。
これ以上、大将にチャーハンを作らせたら、大将死んじゃうかも。
間違いなくみんなはそう思っていた。
でも、頼んでしまう。
だって、おいしいんだもん。
そしてたぶんだけど、大将もそれを望んでいる。
これが最後だよ。
よく味わって。
忘れないでね。
そんな気持ちで、最後の戦いに挑んでいたのだと思う。
まさに町中華のファイナルファイト。
申し訳ないとは思いつつ、私はラストシーズン、2回ほど大将のチャーハンをいただいた。
念どころか、人生どころか、明らかに「命」が入っているチャーハンだった。
そして、予想よりも早く店は閉じた。
再び復活することはなく、今その店の跡地は、普通の飲み屋になっている。
よく漫画家は死ぬ直前まで漫画を描き、まさに「死ぬまで漫画家」をまっとうしてこの世を去る。
大将は間違いなく「死ぬまで大将」だった。
まごうことなき真の料理人。
すごいチャーハンだった。
命のチャーハン。
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